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夏は男で、冬は女で行こう

中世のイスラーム世界では、男色は、タブーでも何でもなく、普通に行われていた習慣だったという。

例えば、ペルシア文学の傑作のひとつに、11世紀の中ごろ、カイ・カーウスによって書かれた、「カーブス・ナーメ 」という書物がある。

これは、王が、自分の後を継ぐべき息子に書き残した処世訓である。タイトルは44章にも及び、各章が、人生のいろんな場面での細かな処世の指針を述べている。

例えば、
第5章「父母の恩を識ることについて」
第10章「食事の作法について」
第21章「蓄財について」
などなど、事こまかに諸種の項目について述べている。

第23章には、「奴隷の購入について」があり、この時代の奴隷売買の実態をつぶさに知ることができる。

また、第15章に、「性について」という一章がある。一部抜粋してみる。

「知れ、息子よ。もし人を愛しても、酔っていようと素面であろうと見境無くいつも情交に耽ってはならぬ。」
「その気になるたびに行ってはならぬ、それは獣の行為で、獣は時をわきまえず、機会あるごとに行う。」
と性への耽溺を戒める。

また、
「女と若者のいずれの性に偏ってもならぬ。いずれからも愉しめようし、いずれかがそなたの敵にならぬようにせよ。」
と、女色と男色のいずれも平等に実行することを勧めている。

当時の社会では、男色はなんら奇異な習慣ではなく、王侯貴族の間では、一般に行われていたことがよく分かる。
戦争で負けて、奴隷にされた少年のうち、特に見目麗しいものは、ここに出てくる「若者」(「ダラーム」)として、王侯貴族の、夜の相手をつとめたようだ。その中でも、特にトルコ系の少年が、巻き毛で、美形で可愛らしく人気が高かったといわれる。

さらに、
「欲求があろうがなかろうが、炎暑、酷寒には慎むがよい。この両季節にことを行うはきわめて有害で、特に老人にはそうである。」
と述べている。彼自身、真冬または真夏の事の最中に、危うい目にあったか、または、周囲の王侯貴族の腹上死などの噂をしばしば聞いていたのかも知れない。

そして、「夏には、若者、冬には、女をかわいがれ。」と述べてある。
再度、男女の使い分けを、丁寧に教示しているのである。

この章の最期に、「あまりその気にならぬようにこの章は簡略にしておかねばならぬ。」と述べている。この作者の、該博な知識と知性、また深い愛情とともに、そこはかとないユーモアを感じさせ、近親感がわく。

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